これは、ある日の施術記録です。少し長いですが、ご高齢の家族がいらっしゃる方に希望を持ってほしくて書きました。
いつも来て下さるお客様から「お母さんを診て欲しい」と依頼されたのですが
「寝たきりで車にも乗せられないから往診して欲しい」と仰るのです。
僕は最近、往診はしていなかったのですが、その方の熱意に押され「分かりました伺います」と、つい言ってしまいました。
数日後、お宅にお邪魔させて頂くと、痩せに痩せたその体は推定体重30kg。小柄な方ではありますが、ほぼ骨と皮…といった痩せ方です。
背中も丸くなっており、御年92歳のご高齢の方でした。
既往症を簡単に聞くと「背骨の圧迫骨折を3度もやった」との事…重度の骨粗しょう症があると思われます。
本人にお話を伺うと「腰が痛くて起き上がれない」というのです。
骨がもろくなっている方の腰痛…緊張が走ります。もしかすると骨折による痛みかもしれません。
「起きてご飯が食べたい…」
と、おばぁちゃんは僕に言います。家族に迷惑を掛けたくない一心なのでしょう。当然トイレも行けないので紙おむつをしています。
「…まずは見てみましょう」
いつもなら自信あり気に「大丈夫ですよ!」と言ってしまう勇気はその時はありませんでした。
いざ、触診…痛みの箇所をお話を伺いながら特定していきます。痛む場所の周辺の骨を探っても熱はありません。コンコンと叩いても痛みはないようです。これならいける!
骨折の可能性は低いと見るや、「おばあちゃん、何回かかかりますけど、これ治りますよ」と伝えると震えるような涙声で「ありがとうございます」と顔を歪ませています。
その後3回目の施術で腰痛は治まり、起き上がって食事も出来るようになりました。
…ところがその1カ月後
「お母さんが転んじゃって立てなくなっちゃったので、また診て下さい」
とお願いされます。
早速往診に伺うと痛い箇所が股関節周辺だというのです。またしても骨折の可能性があります。
ご高齢の場合、転倒時に股関節の大腿骨を骨折するケースが非常に多いのです。
(これはさすがに…)と心の奥で一瞬臆病になりましたが、おばぁちゃんは怖気づいた僕の胸の内を悟ってか
「一人でトイレに行きたい…」
というのです。
おばあちゃんとご家族の願いを受けて、「ふぅー」と息を吐き精神統一をして腹をくくります。
触診してみると今度は痛んでいる場所に熱があります。(万事休すか…)再び心が折れ掛けます…が、骨を叩いてみた時の響く痛みがそれほど無いようだったので、折れてるかもしれない前提で思いつく事を試していきます。
色々試しましたが1回目の施術では全く痛みは減らなかったものの、大腸の動きを改善させた手応えだけは強く感じました。おばあちゃんに
「便秘してました?」と聞くと
「最近全然出ないの…」
と仰います。大腸の動きが付いた時に呼吸も深くなって顔色も少し良くなって来たので、この日はこれで終わりにします。
その後2回目、3回目と施術していきますが、肝心の痛みには全く改善が見られず(もはやこれまでか…)と思った4回目の往診に伺った時、ある事に気が付きました。
それは、眠っている時の脚の置き場所でした。
痛む足を外側に開き、くの字に曲げていたのです。
確信はありませんでしたが、他に手立てもないので施術内容もこの事にフォーカスして、寝る時の脚の置き場所も工夫してもらいました。
5回目の施術に伺った時にはその効果がはっきりと出てきました。患部の熱も小さくなっています。
やっと施術方針が確信に変わりあとは淡々と仕事をして行きます。
6回目の施術後、抱きかかえながらではありますが、数週間ぶりに立つ事が出来ました。
「もう大丈夫。少しずつ立つ練習をしていけばトイレも行けますよ」と伝えると
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
と涙を浮かべて言って下さいました。
後日、おばあちゃんの娘さんから
「おばあちゃん、自分でトイレに行ってますよ!オムツも取れました!」
教えて頂き、「よかった…ほんとに良かった…」と心から安堵したのを今でも覚えてます。
「歳だから」と本人もご家族も諦めざるを得ない事もあるかと思います。
でも諦めなければ得られる物も意外と多くあります。時には奇跡のような事さえ起こるのです。
今回の一番の功労者は「最後まで諦めなかったおばあちゃんの手柄」だと確信しています。