中野新橋の菊寿司にトレードになったと聞いた時、運命的なものを感じました。
実は、寿司屋を営む程魚好きな私ですが、辻堂から東京に引っ越してきてから、すっかり魚嫌いになっていたのです。
そんな私を、大学の先輩が、ある日連れて行ってくれた寿司屋が、その菊寿司でした。
そこで食べた寿司の美味しさに驚き、すっかり魚好きになった私が、数年後、その店に修行に行く事になろうとは。
ラッキーなことに、丁稚は私1人で大将と2人で店をやっていきました。
最初は、たった3ヶ月しか修行していないので、大したことは何もできないと思われていました。
が、前の店でズルして練習したことが役に立ち、ほとんどの魚を担当させてくれたのです。
そこで一年半お世話になり、その間に結婚もしてしまいました。
そして、その頃、事故に遭って大怪我をしてしまったのです。(カイロプラクターへの道 その1)
カイロプラクティックの先生のおかげで回復した私は、その後大磯の店でも修行を積み、いよいよ、念願かなって辻堂に自分の店を開くことができました。
新しい自分の店で、夢中になって働く内に、幸いにもたくさんのお客さんに来ていただき、店も繁盛し、ふと気づくと、十年近い年月が経っていました。