今回から論文紹介は出来るだけ専門外の人の興味を惹くような内容のものを選んでいきたいと思います。その分、多少古い論文も紹介することになるかもしれません。
今回紹介するのは、"Dietary protein to carbohydrate ratio and caloric restriction: comparing metabolic outcomes in mice" (Cell Rep., 11, 1529-1534 (2015))です。
カロリー制限は今のところ、多くの動物種で寿命を延ばす効果があると報告されている唯一の方法です。また、代謝の状態を良くし、健康を保つ効果があるとも報告されています。しかしながら、30-50%のカロリー制限というのは、多くの人にとって簡単に実行できるようなことではありません。
同じだけのカロリーを摂取する場合、どの栄養素からエネルギーを摂取するかによって、代謝の状態が変わることもよく知られています。ダイエット業界で話題になる、糖質制限ダイエットというのもこの考え方ですね。食事中の栄養素の割合を変えるのは、カロリー制限に比べれば簡単そうに思えます。だからこそ糖質制限ダイエットが流行るわけです。筆者らはより簡単に行える栄養素の割合を変えるという介入がカロリー制限に比べて、どのような効果があるのかを、マウスを使った実験で調べました。
1.実験デザイン
この実験では、マウスを6つのグループに分けて、グループ間の比較を行っています。
(1)高タンパク質・低炭水化物食(HPLC)群:タンパク質60%、炭水化物20%、脂質20%
(2)中タンパク質・中炭水化物食(MPMC)群:タンパク質33%、炭水化物47%、脂質20%
(3)低タンパク質・高炭水化物食(LPHC)群:タンパク質5%、炭水化物75%、脂質20%
これら3グループをさらに、(1)自由摂食と(2)カロリー制限の2グループに分けて、合計6グループです。カロリー制限は、自由摂食に対して40%減のカロリーとなるように餌を与えます。また、餌は上記の三大栄養素以外はすべての成分が同じになるようになっています。これらの餌を、8週齢(人間でいうと15歳くらい)のマウスに8週間与えます。
※P:protein=タンパク質 C:carbohydrate=炭水化物
2.摂食量と体重の変化
自由摂食群ではLPHC>MPMC>HPLCの順に摂食量が高く、特にLPHC群の摂食量が高いということがわかりました。タンパク質の摂取は、脂質や炭水化物よりも優先されることが知られており、タンパク質含有量と摂食量が負の相関を持つのは、この知見と一致する結果です(つまり、タンパク質の摂取量が一定になるように餌を食べるので、低タンパク質食では全体の摂食量が高くなるということ)。
では、体重の変化はどうでしょうか。まず、カロリー制限群は、どの組み合わせであっても、自由摂食群に比べて体重が低く抑えられました。大体1割くらい体重が低いです。そして、自由摂食群ではMPMC>HPLC=LPHCとなりました。摂食量の高いLPHC群で体重が増えないのが意外な結果です。
3.代謝の変化
自由摂食のHPLC群では、血中インスリン、インスリン抵抗性の指標であるHOMA、血中中性脂肪、血中HDLコレステロールのすべての値がLPHC群よりも悪化していました。また、耐糖能も同様に悪化が見られました。HPLC群を含む、すべてのカロリー制限群ではこれらの値が良好でしたが、自由摂食のLPHC群との間に差はありませんでした。まとめると、代謝に関しては
カロリー制限=LPHC>MPMC>HPLC
の順に状態が良かったということです。
4.肝臓および膵臓の変化
肝臓に関しては、どの群でも大きな変化は見られませんでした。膵臓ではインスリン量に変化はありませんでしたが、自由摂食のHPLC群ではグルカゴン量が増加していました。上の代謝の変化には、このグルカゴンの増加が関与している可能性があります。
5.エネルギー消費の変化
LPHC>MPMC=HPLC>カロリー制限の順にエネルギー消費量が高いという結果になりました。自由摂食のLPHC群で摂食量が多いのに太らなかった理由はエネルギー消費量の増加によるものです。また、カロリー制限群も40%もの食事制限をかけている割には、体重が1割も落ちなかったのは、エネルギー消費量が低下したためです。
論文の内容は以上です。まとめると、
(1)低タンパク質・高炭水化物食が代謝を最も良くする。この効果はカロリー制限と同じレベルである。
(2)カロリー制限は、高タンパク質・低炭水化物食による代謝の悪化を抑制するが、低タンパク質・高炭水化物食に対してはそれ以上効果が無いということになります。
本論文の結果だけを見ると、糖質制限ダイエットなどで言われていることと真逆です。もちろん本論文は動物実験によるものですから、これがそのまま人間にも適用できるというわけではありません。動物実験はある限られた範囲において現象を見ているだけなので、実験のデザインが変われば結果が真逆になることもあり得ます。今回の実験では8週間という短期間の介入でしたが、低タンパク質・高炭水化物食を長期間続けると肥満すると報告している論文もあります。また、本論文の高炭水化物食はデンプンが主たる炭水化物源となっていますが、果糖がメインの炭水化物食を与えた場合、糖・脂質代謝が悪化することも知られています。さらに、今回の論文では若くて痩せたマウスを実験に使っていますが、肥満マウスや老齢マウスを使った実験であれば、また異なる結果が得られるかと思います。
栄養素をどのような割合で食べるのが健康に良いか、というのは栄養学において基本的な問題であり、中にはバランスよく食べるという以上の結論は出てこないと思っている人もいるかもしれません。ですが、実際には奥が深い問題なのです。個体差が非常に小さいはずの実験動物ですら、細かい実験条件によって様々な結果が出てくるわけですから、個体差の大きい人間においては、さらに複雑であろうと予想されます。このことから考えて、誰もが痩せられるとか、健康になれるといった唯一つの方法というのは存在しないのではないでしょうか。自分に合った自分だけの方法を見つけていくことが重要かと思います。