今から38年前
1988年
20歳だった
当時は武術やアクションに夢中だった
少林寺拳法、柔道、中国武術長拳、アクションクラブ
とにかく身体を動かすことが好きだった
強くなりたいとか、人間の身体ってどこまで動くんだろうとか、そんなことばかり考えていた
そんな時に出会ったのが東中野にあった喧嘩芸骨法だった
きっかけは二つ
一つはアクションクラブの先輩が通っていたこと
もう一つは当時少年サンデーで連載されていた「闘翔ボーイ」
主人公が使う骨法という武術に興味を持った
今思えば単純だった
面白そうだから行ってみた
ただそれだけだった
初めて骨法道場で整体を受けた時は衝撃だった
いや、衝撃なんてもんじゃないな(笑)
今だったら絶対ありえない
道場内にマットレスがずらっと並んでいて、その上に患者さんが寝ている
男女混合
仕切りなし
上半身裸
そして背中には丸いものが沢山付いている
今なら誰でもカッピングだとわかる
でも当時の自分はそんな言葉すら知らなかった
なんだこれ?
って感じだった
今思うと野戦病院みたいだったな
骨法整体の流れは決まっていた
まず背中に吸い玉
そのあと指導員が身体を整える
最後に堀辺先生が来てアジャストメント
今思えば施術時間なんてあっという間だった
でも吸い玉だけは忘れられない
とにかく痛かった
痛い痛い言ってたら
事務局長だった堀辺先生の奥さんに
「男なんだからそれくらいで泣き言言うな」
って怒られた(笑)
今でも覚えてる
使っていたのは医工の電動ポンプ「ミニポン」
多分かなり強い圧だったと思う
10分から15分くらいだったと思うけど、当時の自分にはものすごく長く感じた
でも本当に驚いたのは翌日だった
朝起きた瞬間
「なんじゃこりゃ?」
だった
身体が軽い
とにかく軽い
重さがない
張りがない
自由に動く
そんな感覚だった
自分は子供の頃から親父に連れられて長生館へ通っていた
だからカイロプラクティックのアジャストメントで身体が変わる感覚は知っていた
でもそれとは全然違った
スッキリしたとかじゃない
身体の重さそのものが消えたような感覚
今でもあの日の朝の感覚は覚えている
当時はのちに自分が吸い玉療法を指導する立場になるだなんて考えもしなかった
ただただ驚いていた
ところが問題もあった
背中にとんでもない跡が残ったのである
今ならカッピング痕を見ても誰も驚かない
でも1988年は違う
そもそも吸い玉療法を知っている人がほとんどいなかった
俺は昔から銭湯が好きだったから、そのまま普通に銭湯へ行った
すると様子がおかしい
俺が湯船へ入ると周りがこっちを見る
そして何人かは湯船から出ていく
当時はちょうどエイズが社会問題になっていた頃だった
今のコロナ騒動みたいなものだ
よく分からない病気への不安が世の中にあった
今思えば
「あいつ何かヤバい病気なんじゃないか?」
と思われていたんだろう
自分は身体が軽くなったことに驚いていた
でも周りは自分の背中を見てドン引きしていたのである(笑)
1988年
20歳
東中野の骨法整体で初めて吸い玉療法を体験した
その時はまさか38年以上も吸い玉療法を追い続けることになるとは思ってもいなかった
武術に興味があった
骨法に興味があった
身体操作に興味があった
でも結果的に自分の人生を一番長く変えたのは、あの日背中に付けられた丸い吸い玉だった
今振り返ると
自分と吸い玉療法の出会いはあの日だったんだと思う
そして全ては翌朝の
「なんじゃあ、こりゃ~?」
から始まった
(続く)
