愛するわが子と成長を共にして幸せに包まれる一方、言い知れぬ不安を覚えたり、わけもなくイライラしたり、どうしようもなく気分が落ち込んだり……。こうした精神的な不調を感じているママも少なくないのではないでしょうか。今回は産後のイライラ、産後うつなど、産後ママの心の不調について、原因や対処法を解説します。
■コラムテーマ
お疲れママに贈る!子育て中のボディ&メンタル健康術
内科医、公衆衛生医師 成田亜希子
2011年に医師免許取得後、臨床研修を経て一般内科医として勤務。公衆衛生や感染症を中心として、介護行政、母子保健、精神福祉など幅広い分野に詳しい。本コラムは、だっこで腰を痛めたり、母乳育児による免疫力低下でかぜを引きやすかったり、睡眠不足や思うようにならないストレスを抱えてお疲れの子育てママに、同じく子育て中の女性医師が贈る健康管理術。
産後ママの心は乱高下
産後に体が元の状態に戻るまでの時間には個人差がありますが、出産後半年ほどは不安定な状態と考えてよいでしょう。産後は身体的なダメージだけでなく、妊娠中大量に分泌されていた女性ホルモンが急激に減少するため、自律神経の乱れなどが生じて心身ともに不調を引き起こしやすくなります。女性ホルモン分泌が妊娠前の状態に戻るには半年から1年ほどかかりますが、特に授乳しているママは女性ホルモンの分泌が妨げられるため、ホルモンバランスの乱れが長引く傾向にあります。では、産後のママに見られがちな心の乱れには、どのようなタイプのものがあるのでしょうか。
産後ママに多く見られる、心の乱れ4タイプ
1.イライラ感
産後はホルモンバランスの乱れや育児による疲れ、睡眠不足などが相まって、ちょっとしたことでもイライラしてしまうことがあります。特に日中赤ちゃんと2人だけでいる時間が長いママは、訳もわからず泣いている赤ちゃんへの対応に四苦八苦し、心にゆとりが持てなくなり、些細なことでイライラしがちになります。
また、産後になって急激に夫の一挙一動にイライラしてケンカが絶えなくなる「産後クライシス」も近年注目されており、ホルモンバランスの乱れや夫婦間のコミュニケーション不足など多くの要因が関与していると考えられています。
2.不安感
核家族化が進んだ現在、実母などを頼らずに赤ちゃんを育てるママも多いでしょう。そうした中、多くの情報が気軽に手に入る時代にあって、その情報通りに育児ができないことに強い不安や焦りを感じてしまうママも多いといわれています。また、仕事復帰を予定しているママは、「自分だけが社会から取り残されているのではないか」「復帰後に仕事と育児を両立できるのか」と、漠然とした不安を抱えるケースもあります。
3.抑うつ気分
産後の急激なホルモンバランスの変化は、気分の落ち込みや原因のない悲しみ、絶望感などを引き起こすことがあります。また、SNSなどでは世の中のママはキラキラと楽しそうに育児しているように見え、うまくいかない自身の育児と比べて自己嫌悪に陥ってしまうママも少なくありません。
4.疲労感
育児には体力が必要ですが、昼夜休みなく赤ちゃんのお世話を続けていると疲れや睡眠不足が重なり、日中でも慢性的な眠気や疲労感を感じて日常生活に支障をきたします。ひどい場合には、しっかり睡眠や休憩をとっても疲労感が抜けなくなることもあります。
産後の心の不調は、こんな病気が原因かも?
産後の心の乱れは、実は思わぬ病気が原因となっていることもあり、放っておくと症状が長引いて治療が難しくなることも考えられます。例えば、次のような病気です。
1.産後うつ病
産後3~4週以降に、『思い当たる原因がないのに気分が落ち込む』『赤ちゃんに対する興味や喜びが薄れる』『漠然とした不安や焦りを感じる』といった精神的な変化とともに、不眠や食欲低下などの身体症状を引き起こす病気です。
産後うつ病は日本人女性の約1割が発症するとのデータもあり、すべてのママにとって注意すべき病気だといえるでしょう。とはいえ、発症の原因はいまだはっきりとはわかっていません。出産による脳内の化学変化やホルモンバランスの変化、ストレスなど多くの要因が関与していると考えられています。産後うつ病は放っておくと症状が悪化して育児や日常生活に支障をきたすこともあり、なかには死にたいという思いに駆られて自殺企図に至るケースもあります。
なお、よく知られている「マタニティーブルー」は、産後の急激なホルモンバランスの変化により引き起こされるものと考えられています。出産後2~3日目から気分の落ち込みや涙もろさなどの症状がみられますが、ごく短期間で改善し、産後うつ病とは異なるものとされています。
2.甲状腺機能低下症
産後1~3ヵ月で甲状腺の機能に異常が生じることがあります。甲状腺で分泌される甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝や活動性を高める作用があり、甲状腺機能が低下することでホルモン分泌が減少すると、抑うつ気分、無気力感、倦怠感、不眠、むくみなどの症状が引き起こされます。
およそ20~30人に1人のママが発症するといわれ、多くは一過性のもので時間がたてば自然に改善していきます。しかし、いわゆる「育児疲れ」と症状が似ているため、見逃されていることも多いようです。なかには妊娠前から潜在的に潜んでいた甲状腺機能低下症が妊娠・出産を機に本格的に悪化して症状が出始めるケースもあり、長期間にわたる治療が必要なこともあります。
産後の心の不調とどう向き合う?
産後のイライラ感や気分の落ち込みの最大の原因である、睡眠不足や疲れ、ストレスなどは、育児中のママが完全に避けることは難しいでしょう。そのため、イライラしてしまうことがあっても、気分が落ち込むことがあっても、ある程度は仕方ないことと割り切って、深く考えないようにしたほうがよいと思います。また、家族と協力し合って、たまにはママもゆっくり休む時間を設けるようにしましょう。少しの間でも育児から離れることで、心身ともに大いにリラックスできるはずです。
一方で、産後の心の不調は病気が原因のこともあります。次のような変調が現れたときは、できるだけ早く病院に相談してください。心療内科などへの受診がためらわれるなら、ひとまず出産した産婦人科で相談に乗ってもらえることもあります。
●何事にも楽しみを見出せない
●育児がうまくいかず、自分を責めてしまう
●理由もないのに不安感や恐怖に襲われる
●やるべきことが多く、常に追い立てられているように感じる
●よく眠れない
●突然悲しくなる
●自分を不幸に感じ、涙が出る
●自分を傷つけてしまいたいと思うことがある
まとめ
ちょっとしたことでイライラしたり不安になったりして、幸せなはずの育児がちっとも楽しくないと感じることもあるかもしれません。しかし、それは産後特有のホルモンバランスや生活の急激な変化による部分が大きく、適切な対策を講じることで徐々に改善していきます。そして、育児に疲れたときは、毎日頑張っている自分へのご褒美として、プロの手によるリラクゼーションやアロマエステなどでリフレッシュすることもおすすめです。
ただし、心の不調が長引いたり、日常生活に支障をきたすほどになったりした場合は、病気が原因の可能性もあるので、できるだけ早く病院に相談するようにしましょう。
関連記事◆◆執筆◆◆
内科医・公衆衛生医師
成田亜希子(なりた あきこ)先生2011年に医師免許取得後、臨床研修を経て一般内科医として勤務。公衆衛生や感染症を中心として、介護行政、母子保健、精神福祉など幅広い分野に詳しい。日本内科学会、日本感染症学会、日本公衆衛生学会に所属。二児の母でもある。